2013年3月28日木曜日

この旅一番の出会い







生地と始めて出会ったのはロンドンのアンティークマーケット。
ざっくりとした麻に藍染めで、一目見たときから恋をしました。

店主に聞くとハンガリーのアンティークだと言う。
その時は節約中で購入できず悔しい思いをしました。
諦めきれずにグーグルに聞いてみたところ、イギリスの新聞の特集を発見。でも、そこに書かれていたのは電話番号と名前のみ。

今回のテキスタイルと出会う旅にハンガリーは入っていなかったのだけど、どうしても見たい。そこで、この旅の計画にハンガリーが加えられたのでした。

ハンガリー人の友達と親身な宿の人に助けてもらい、朝8時出発の電車に乗り換え一回の計3時間でようやく目的地へ。

何にもない駅を降り、雪道をひたすら真っすぐに道なりに進んでいくと、雪道に映えるブルーの塀が見えてきました。

本当は次の日に行く予定で電話もしてくれていたのを、予定を変更して前倒ししたので見学できるか心配だったけれど、おじいさんが迎え入れてくれました。もちろん言葉は全く通じず、『ヤパン』と言ってみたら何となく通じた様子。

ドアを開けて入れてもらった時の感動は何とも言えません。

きちんと行程が番号順になっていたりで、小さいながらもきちんと見学者用に整備されていました。おじいさんが色々説明をしてくれたのですが、もちろん意味は分からない。でもジェスチャーで言いたいことは何となく分かった気がしました。

何と、ここは藍染めだけではなくプリント方法がブロックプリント!
インドのブロックとは違って木に直接彫るタイプではなく、釘を打ち付けてつくるタイプのもので、版木のブロックよりも繊細なもの。
このように手でプリントするコンパクトなものと機械用の長いものがあります。機械とはいえ古いもので、その道具は代々受け継がれていたであろう長年の風合いがあります。







おじいさんが実演してくれました。
ついでに私も。





電車の時間を伝えると『時間はあるのか』と言うので『あるよ』というと近くのカフェへ連れて行ってくれました。
一緒にリキュール入りのコーヒーを飲んで握手でお別れ。

駅までの道すがらまだ胸がドキドキしていて、今度は夏に行こうと堅く決意したのでした。










2013年3月26日火曜日

ボビンレースの村 "Lepoglava"





フィガロに載っていたボビンレースの村 "Lepoglava"。

少ない雑誌の情報をたよりに、宿の人の助けを借りたりバスターミナルの人を質問攻めにし、ようやく手に入れた情報でその村へ出発しました。

クロアチアの田舎の景色をぐんぐん進み2時間でようやく中継地点のVarazdinに到着。

バスの乗り換えを経て目的地へと進みます。

バス停の案内もバス停もないようなものなので、到着時間をにらめっこしながらようやくの到着。

辺鄙なバス停から迷い、ようやく辿り着いたギャラリーも公民館に併設されている小さなもの。でも、ボビンレースの編み手さんを連れてきてくれ実演までしてもらいました。

30分ほど、じっくりと見ていたけど全然どうなっていうのか判明できません。
織りのようでもあり、編みのようでもあり。ボビンレースの知識はあったものの、技法がどうなっているのか知らないので全く理解できずじまいでした。

この村のレースについてギャラリーの人に色々聞いてみると、今でも親から子へ伝承されていて100人近い村人が編む事ができるそう。その中でもエキスパートは20人ほどいるそうだ。

かつてレースのブランドの立ち上げに参加していた時でさえ、作り手が既に根絶していた幻のボビンレースにここで出会えるとは。

100人もの人が編む事ができる現実に、本当に嬉しくなりました。
伝統が消えて、美術館で見る事しかできなくなるという事は本当に悲しいことだと思う。

だからこそ、こういう村に来れた事が嬉しくなる。

今でも、毎年9月にはレースの発表会のようなものがあって、編み手さんが自分の考えたレースを披露するのだとか。

伝統を守ること、受け継ぐことは本当に簡単な事ではないけれど、こうやって受け継がれていくことは素晴らしいし、なかなかできる事ではない。

小さな小さな村だけれど、そこにある伝統を受け継ぐ力は本当に力強い。





ギャラリーではこうして販売もしている。手前の作品はふち飾りで、後ろに見えるのはドイリー。





ギャラリーと同じ建物内の図書館ではこのような資料も。
読んでみると、レースで有名なのはやはりイタリア、フランス、ベルギーだけれど、この村のレースがフランスの王に献上された事もあるという文献が存在しているとのこと。





今もどこかの家で、おばあちゃんに教えてもらいながら孫がモチーフを編んでいる姿を想像してみる。

こんな風に今でも伝統を継承されている村が世界のどこかに存在していると思うとわくわくして仕方ない!











2013年3月22日金曜日

うそのような村





ザグレブから本当に合っているのか不安になりつつも、2時間ほどバスに揺られながら行くと、こんな光景に辿り着きました。

この小さな小さな村は『Rastoke』といって数件の家が川の上と川岸に建ってます。それこそ、ポツンと佇んでいます。この日は水量が多くエメラルドの川は見れなかったけれど、滝のとなりに家が建っている様子はとても見応えがあって写真で見たフランクロイドライトの落水荘のようでした。

今日は水が多いので、所々洪水のように川の水があふれていて残念だったけれど、そのおかげで入場料が半額なり料金を払って水車小屋を覗くとそこには麻袋と桶が。ざっくりとした穀物入れの麻には刺繍された生地がパッチワークされていて、素朴な刺繍が何とも可愛かった。






クロアチアの良いところは、クラフトが日常にあること。
窓辺には、こんな可愛いクロッシェの飾り。

ザグレブの道を歩いていても窓辺をみるとカーテンにイニシャルのような刺繍がされているのを見かけることができる。

おばあちゃんの時代のように身近にクラフトのある生活、
日常に寄り添っているから特に素敵に思えるのかもしれない。






このタペストリーは伝統的な手法で、手織りしたベースにフリンジがあとから付け足してあって、さらに上から所々刺繍されていました。
これが素晴らしい!
全体の写真を撮りたかったのに色々なお土産が掛けてあったので撮れなかったのが悔やまれます。







ラストケの最後の時間は、ここでとれたトラウトと手作りニョッキ。







2013年3月19日火曜日

旅の始まりは大嵐



ロンドンを出国して、いよいよ1ヶ月の東ヨーロッパの旅が始まりました。憧れのアドリア海、蒼い海、輝く太陽、まるで紅の豚のジーナがいるよう。

というイメージをよそに大嵐。
雨は激しく降る降る、
風は吹き荒れる。
写真をとる余裕いっさいなし!
頑張って撮った写真もこの通り暗くて、蒼い海の見る影もなく・・・

外を歩こうとしても傘は役に立たないしコートはずぶ濡れ。
今日は、朝から丘に登って世界遺産の旧市街を上から見渡しながらお茶して、旧市街をキキを思い浮かべながらテキスタイルを探すたびの予定は、跡形もなく消えていきました。

夢のアドリア海・・・

宿の人にI am really sorry for this weather. と言われる始末。
なおかつ、Today is bad weather in this year. とも言われ、私の雨女伝説はこうして更新されました。

それでもこの旅の目的である『テキスタイルを巡るたび』は、旧市街の家族経営のお店で発見。伝統の刺繍柄をじっくり説明してもらい天候以外は予定をクリアできました。

まだ調べていないけれど、次のザグレブではボビンレースと織物を見に行く予定です。
今日予約したザグレブでの宿(明日からの宿)は、電話でのやり取りが大変だったけれどメールアドレスをようやくゲットできた時にお互いにイェイと言い合って、なんだか電話だけでも心が通じた気がしました。
だから、きっとすてきな宿のはず!今度は4泊します。

明日から晴れますように。



2013年3月13日水曜日

帰国5日前の思い




もうすぐ私の約2年に及ぶロンドン生活が終わりを迎えます。
思い起こせば、あっという間で時間が風のように通りすぎてしまいました。

この2年間、ワーキングホリデーという何でも出来てしまう曖昧なビザで、どれだけインターンに応募しても返事が来ない時期もあり、途中で本当にくじけそうになって帰国しようと思った日も沢山ありました。

気分がどん底で、でも何かしなくちゃ、どこかに出かけて色々見なくてはと必死に泣きそうになりながらテートモダンへと向かう2階建てロンドンバスの中で、インターンの面接の連絡がきたのが今の会社です。
この会社で働きたいと強く願っていたので連絡が来た時は嬉しくて、そしてようやく本来の目的が達成できた安心感とで、電話を握りながら泣いた私がそこにいました。

運命という言葉で片付けたくはないけれど、この会社に勤める経緯には奇跡のような偶然が重なって、私は勝手に運命だと思っています。

素敵な会社で、決して英語が堪能ではない私を雇ってくれたデザイナー夫妻には感謝の言葉がいくつあってもたりません。
そして、日本人スタッフの方の口添えがあったからこそのフルタイムだったと思っています。

今日はとっても素敵な日で、朝からドキドキしてアンティークマーケットへ行って、会社へ行ってミシンを直してタクシーにのって、セキュリティーチェックを通って入ったビルのバーは今までに見た事のない別世界のロンドンが広がっていました。

私が大学時代にミーハーな気持ちで夢みていたロンドン生活が実現して本当に良かった。
途中は辛かったけれど、とても素晴らしい2年間でした。

思えば叶う!
そして、何かをしたいなら行動する!

と強く思った2年間でした。